―― 古代の浪漫から現代の情熱へ、多様な文化が息づく地
静岡県のほぼ中央に位置する静岡県藤枝市は、古くから人々の往来と文化交流の拠点として発展してきました。 その象徴とも言えるのが、東海道の難所として知られた「宇津ノ谷峠」です。平安時代の『伊勢物語』で登場する「駿河なる 宇津の山辺の うつつにも 夢にも人に あはぬなりけり」 の一首は有名であり、千年の時を超えて今なおこの土地に幽玄な情緒をもたらしています。
江戸時代に入り東海道が整備されると、藤枝には二つの宿場町が置かれ、多くの旅人や商人が行き交う重要な物流・交流の拠点としてさらなる賑わいを見せました。
こうした豊かな歴史を持ちながら、現在の藤枝市は「サッカーのまち」として知られています。サッカー王国静岡の所以は大正時代に他の地域に先駆けてサッカーを取り入れた藤枝市にあります。文化への誇りと、新しいものへの情熱が共存する――それこそが、千年の歴史を持つこの藤枝市の魅力です。



―― 駿河の豊かな恵みに寄り添う、日常の美徳
早起きなお茶摘みさんの朝食として受け継がれてきた「朝ラー」発祥の地である藤枝市は全国有数の水揚げ量を誇る焼津港に近く、古くから駿河湾の海の恵みと、緑豊かな山の幸が交わる食文化の拠点として発展しました。焼津港の他にも県内には港が数多く存在し、鮪や鰹、桜エビなど様々な海の幸が藤枝のお茶の文化を際立ててきました。また市内には歴史ある酒蔵が複数存在し、南アルプスから続く水源を活かした酒造りが受け継がれています。山の自然が育む茶葉、駿河湾の海の幸、清らかな水が生み出す地酒。恵まれた風土の中で藤枝の食文化は磨かれていきました。
―― 藤の花咲く美しい季節に、緑の香りが風に乗る
市内を流れる瀬戸川や朝比奈川は桜の名所として知られ、それぞれ異なる品種で、異なる時期に開花を迎えます。桜の季節が終わると、藤枝市を象徴する麗しい「藤の花」が街中を藤色に染め上げます。フローラルな甘さと石鹸のような爽やかさが織り交ざった香りが街に立ち込め、花の季節に更なる彩りを加えます。このような自然の恵みと美しい色彩を受けながら、藤枝市のお茶の文化は発展してきました。藤の花が満開を迎えるころにお茶の生産も大詰めを迎え、市内は様々な色と香りに溢れます。

藤枝市にある茶畑の多くは山間部に存在しています。昼夜の大きな寒暖差や、斜面による優れた水はけ、山の香りが立ちこめる環境がお茶の栽培に適していたことで、江戸時代からお茶づくりが始められました。さらに明治時代に入ると、藤枝市の山間部でもさらにお茶に好条件な土地で玉露の生産が始まりました。それが朝比奈地区です。朝比奈川上流に位置するこの地区は寒暖差や水はけに加え、川面から立ち込める豊かな朝霧という条件が加わることで玉露の栽培に最適な光を演出してきました。明治時代に先人たちが京都・宇治の手法を導入したことから、本格的にこの地で朝比奈玉露の生産が幕を開けます。

玉露の収穫は5月に行われ、他のお茶とは異なり一番茶のみが摘まれます。伝統の菰掛けを用いて栽培され、農家が収穫から加工作業までを一貫して行うことで農園によって異なる味わいが生まれるのが朝比奈玉露の特徴です。またその多くは現在も手摘みで、柔らかな新芽のみを収穫して作られます。手摘みで収穫される玉露は藤枝市茶振興協議会によって「朝比奈手摘み本玉露」として認定され、また菰を掛けて生産される玉露は「菰掛け玉露」として販売されてきました。
菰掛けを採用する農家は現在では宮崎さんの1軒だけになりましたが、深い味わいと長い歴史は時を超える文化的価値を生み出しています。現在、朝比奈玉露は京都の宇治、福岡の八女と並び「日本三大玉露産地」の一つに数えられています。
宇津ノ谷峠の時代から続く歴史の浪漫、サッカーのまちの活力、そして明治から風景ごと守り抜かれてきたお茶の文化。静岡県藤枝市のお茶文化には、この土地の歴史と伝統が今も受け継がれています。